令和6年4月から、これまで医師、建設業、運転手等に5年間適用猶予されていた労働基準法36条の上限規制が適用されています。
ここでは特に、社会保険労務士の知識だけでは足りない「医師の働き方改革」について、全国社会保険労務士会連合会の認定を受けた医療労務コンサルタントが解説いたします。
医師の働き方改革に当たっての基本的な考え方
従来から医療の分野、特に医師の労働時間については、労働基準法を厳格に運用すると医療崩壊に繋がるとの懸念があったことや医療の分野の専門性の高さから自主性を重んじるべきという風潮がありましたが、現在その是正が試みられています。

まず、平成31年3月28日に、22回にわたる「医師の働き方改革に関する検討会」の報告書がとりまとめられ、この記載を元に制度改正が進められました。その記載をまとめていきます。
医師の働き方改革の背景と目的
「医師の長時間労働の背景には、個々の医療機関における業務・組織のマネジメントの課題のみならず、
医師の需給や偏在、医師の養成のあり方、地域医療提供体制における機能分化・連携が不十分な地域の存在、国民の医療のかかり方等の様々な課題が存在する。
これらに関連する各施策と医師の働き方改革が総合的に進められるべきであり、規制内容を遵守できる条件整備の観点からも推進する必要がある。」
医師の過重労働の現状
すなわち、「我が国の医療は、医師の自己犠牲的な長時間労働により支えられており危機的な状況であり、
昼夜を問わず患者への対応を求められうる仕事で、他業種と比較しても抜きん出た長時間労働の実態である。」
と記載されています。
なぜ医師の働き方改革が必要なのか
よって、「医師への健康への影響や過労死の懸念、仕事と生活の調和への関心の高まり、女性医師割合の上昇等も踏まえ、改革を進める必要がある。」
すなわち、少子高齢化社会で高齢者を中心に患者が増加するものの、新規で医師になる方が急激に増えないと見込まれ、さらに医学部の女性比率向上によって、男性中心社会だった医療機関のあり方を含め、

医師の長時間労働などを是正していかなくては今後医療機関が成り立たなくなると考えられるため、制度改革が急務とされているのです。
医師の働き方改革の概要
今回の改革は大きく分けて、
労働基準法36条の上限規定についての医師の場合の原則基準(A水準)及び特例基準(B水準、連携B水準、C水準)の仕組み(後述)
労働者安全衛生法の特例として、医療法が一定の医師について義務付ける、面接指導などの追加的健康確保措置(後述)
そして上記した労働基準法36条の特例基準の適用を受けるために必要な、医師の労働時間短縮計画案などの医療法に基づく「特例水準の指定手続」(後述)
からなります。
基本的な内容と法的背景(宿直義務、応召義務、研鑽時間など)
医師の働き方改革は、責任感が強く目の前の患者を放置できない医師を、制度としてもっと休んでもらえる仕組みを、医療機関だけでなく社会として作らなければならないという事情があります。

しかし医療現場において労働法の見識が足りていない場合はもちろんですが、法的にも現実的にそう簡単には進められない背景もあります。
宿直義務について
そもそも医療法16条で「病院の管理者は、病院内に医師を宿直させなければならない」と定められており、この宿日直許可基準について令和元年にやっと新たな通達が出されました。

すなわち、そもそも医療機関には医師を宿直させる義務があるため、医師が泊まり込みをすることが制度上前提です。その時間を労働時間管理の上でどう捉えるかという問題がまずあります。
応召義務について
また、医師法19条で「診療に従事する医師は、診療治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と、いわゆる医師の応召義務が定められています。
応召義務を理由に医師の無制限な長時間労働が正当化されてはならない(令和元年6月27日、厚生労働行政推進調査事業費補助金研究報告書など)とされていますが、

一般的に診療治療を求められた場合に拒めないというのは、労働から離れられない強い要因と考えられます。
労働時間と研鑽時間との関係について
また、医師は常に医療技術の向上が求められることから、研鑽時間を要します。経験が浅いうちは特に長時間の研鑽時間を必要とされますが、
仮に医師が自発的に行ったものであっても、それが業務に必要なものであるならば労働時間に含めないと、向上心の高い傾向が強い医師にブレーキが掛かりません。

研鑽時間については特に業務の連続ではないことや、医療機関からの事実上の義務ではなく自主的なものであることなど、就業規則などで明確化しておくことが望ましいでしょう。
研鑽時間の問題についての具体例
例えば令和4年に月240時間を超える過労によりうつ病を発症し自殺した研修医につき令和6年現在大阪地裁で訴訟が行われていますが、月200時間超の時間外労働であると労災認定が出ているものの、訴訟では被告の病院は研鑽時間であり労働時間でないと主張しています。
そして2024年4月、猶予の終了
このような複数の事情があるので、現状を放置して医師の働き方改革を進めなければ今後我が国の医療が立ち行かなくなるため準備が必要です。そして、2024年4月についに労働基準法36条の医師についての適用猶予が終わりました。
働き方改革と時間外休日労働協定(36協定)
まず、そもそも労働基準法36条の時間外・休日労働協定(36協定)には、元々は上限の定めがなく、協定さえ結べば「労基法上は」協定の範囲内で無制限に働く・働かせることが可能でした。
それに対し、平成28年に第3次安倍内閣で「働き方改革実現会議」が設置され平成29年3月28日に決定された「働き方改革実行計画」を受けて平成30年6月「働き方改革関連法」が成立し、
罰則付きの時間外労働の上限規制が導入されることになりました(大企業平成31年4月、中小企業令和2年4月1日より)。

しかし準備期間が特に必要とされた業種(建設業・ドライバー・医師等)について5年間適用猶予とされました。医師については労働基準法141条4項です。
医師についての適用猶予(2024年3月まで)
上記会議の中で、医師については
「時間外労働規制の対象とするが、医師法に基づく応召義務等の特殊性を踏まえた対応が必要である。具体的には、改正法の施行期日の5年後を目途に規制を適用することとし、
医療界の参加の下で検討の場を設け、質の高い新たな医療と医療現場の新たな働き方の実現を目指し、2年後を目途に規制の具体的な在り方、労働時間の短縮策等について検討し、結論を得る」こととされ、

そして、その猶予は令和6年(2024年)3月まででした。
医師についての上限規制適用(2024年4月以降)
つまり、2024年4月以降、現在は医師についても労働時間の上限規制は適用されます。
ただし、上限規制の内容等については、医師の勤務形態によって一般の規制とは別途定められ、さらに後述する医療法による規制が適用されます。
新制度の詳細(2024年4月施行)
2024年4月以降に適用される制度の説明の前に、一般的な労働基準法の制度の解説をいたします。
まずは医師など以外の原則についてです。なお、交代制を取られていても看護師もこちらに含まれます。
原則の上限
まず前提として、労働基準法32条「労働時間は1日8時間、週40時間の範囲内でなければならない」のが原則です。それを超えるためには労働基準法36条の時間外休日労働協定が必要です。
一般の時間外労働の上限は月45時間以内かつ年360時間以内であり、労働基準法36条5項の特別延長時間を特別条項で定めた場合においては年720時間以内(月45時間超は年6か月まで)
かつ時間外・休日労働を合わせて月100時間未満である必要があります(医師については下記例外あり)。また、ダブルワーカーなどの場合も、通算して個人の時間外・休日労働の上限は月100時間未満かつ月平均80時間以内である必要があります。
特定医師とは(労働基準法141条1項)

しかし、医師については上記原則に当てはまらない方々が多くいらっしゃいます。
具体的には、医師のなかでも「病院若しくは診療所において勤務する医師(医療を受ける者に対する診療を直接の目的とする業務を行わない者を除く)又は介護老人保健施設若しくは介護医療院において勤務する医師」は、
労働基準法141条1項で定める、「医業に従事する医師(医療提供体制の確保に必要な者として厚生労働省令で定める者に限る)」であり、これらを総称して「特定医師」といいます(労働基準法施行規則69条の2)。
特定医師の「特別延長時間の上限」の特例(労働基準法141条2項)
そして特定医師の場合、労働基準法36条5項の特別延長時間の上限につき、同法141条2項により年の時間外・休日労働の上限が960時間以内(一定の場合1860時間以内、後述)まで認められます。
さらに特定医師については、月45時間の限度基準を超えることができる月数を年6か月までで定めなければならないという同法36条5項が適用されません(同施行規則69条の3第5項)。

なお、「医業に従事する医師」であっても医学部の教授など、医師免許をお持ちで医業に従事されていても、上気した特定医師に該当しない場合は、一般の労働基準法36条の適用を受けることに注意が必要です。
違反した場合の罰則
36協定違反は労働基準法第32条の「労働時間」、第35条の「休日」の規定に違反したことになり、第119条第1項の規定により使用者は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金に科せられる可能性があります。
A水準・B水準・連携B水準・C水準とは
| A水準 |
2024年4月から、医師の時間外・休日労働時間の上限が原則として年間960時間に設定されています。こちらのA水準が原則です。 下記のA水準以外の基準を使うには、都道府県知事の指定を受ける必要があります。 なお、すべての基準で月の時間外・休日労働は100時間を超えないように規制され、それを超える場合は後述の追加的健康確保措置・面接指導が必要です。 |
| B水準 | B水準は地域医療確保のために特に必要と認められる医療機関の医師に適用されます。
B水準の対象となる医療機関は、三次救急医療機関や年間救急車受け入れ台数が1,000台以上の二次救急医療機関などです。 B水準の場合は年間の時間外・休日労働の上限は1,860時間となります。 |
| 連携B水準 | 連携B水準は、他院と兼業する医師の労働時間を通算すると長時間労働になる場合です。
医師の派遣を通じて地域の医療提供体制を確保するために必要な役割を担う医療機関として大学病院などで当該役割を担うものが対象となります。 連携B水準は、主たる医院では960時間以内、他院と通算して1,860時間が上限となっています。 |
| Ⅽ水準 | C水準は、集中的技能向上水準とされ、研修等を行う施設等が該当します。そのうちでC-1水準、C-2水準があります。C-1水準、C-2水準ともに年間の時間外・休日労働の上限は1,860時間です。
C-1水準は臨床研修医や専攻医の研修のため、やむを得ず長時間労働になる場合に適用され、時間外・休日労働の年間想定最大時間数が960時間を超える医療機関のみが対象になります。 C-2水準は、専攻医を卒業した医師が、高度な技能の習得のためにやむを得ず長時間労働となる場合に適用され、その医師の育成のために十分な教育研修環境を有する医療機関が対象になります。 |
追加的健康確保措置
月の時間外・休日労働100時間未満という上限を超えて働く医師に対しては、追加的健康確保措置としての面接指導の実施が義務化されています。

特に、年間1,860時間勤務の場合は、必ず月に100時間以上の月が発生しますので、実施が不可欠です。
面接指導
月に100時間以上の時間外・休日労働が見込まれる医師に対し、実際に100時間以上になる前に、
睡眠や疲労の状況等について確認を行い、必要な情報を面接指導実施医師に提供し、面接指導まで実施します。面接指導に基づき報告書や意見書が作成され、事業者に報告されます。
報告を受けて事業者は必要に応じて就業上の措置を講じる必要があります。
連続勤務時間制限・勤務間インターバル
月の時間外・休日労働100時間未満という上限を超えて働く医師に対して、連続勤務時間の制限と勤務間インターバルが、
A水準では努力義務化、連携B水準、B水準、C-1水準、C-2水準では義務化されています。
連続勤務時間制限として28時間を超える連続勤務を禁止、勤務間インターバルとしては終業時刻から次の始業時刻までの間に、一定の休息時間9時間を確保する設定が必要です。
まとめ
以上、医師の働き方改革について簡単にまとめました。正確を期すために厚生労働省のHPなどでご確認いただきたいですが、PowerPoint資料が141頁と膨大です。
このようになすべきことが大量にある医師の働き方改革を支援するため、各都道府県に一か所、労働局の委託により医療労務管理支援事業が指定されています。
これらの委託事業には、医療労務コンサルタントである社会保険労務士を中心に「医療労務管理アドバイザー」が所属しており、医療機関への相談や説明会が行われていますので、どうぞご活用ください。

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