前回の記事では、106万円の壁の土台にある第3号被保険者制度が、1961年の任意加入時代から1986年の強制加入化を経て今に至る経緯を解説した。今回は、この一連の改正が「就職氷河期世代」にとってどんな意味を持つのかを、制度の中身と具体的な確認方法まで含めて整理する。
氷河期世代が抱える、もう一つの「壁」
就職氷河期世代(現在40代後半〜50代前半)の多くは、就職難のなかで非正規雇用や不安定就労を長く経験してきた。この期間は厚生年金の対象外だったケースが多く、結果として「厚生年金の加入期間が短い」という構造的な問題を抱えている。
40代・50代になってから正社員に転換できた人でも、失われた20代・30代の加入記録は取り戻せない。この空白がそのまま、将来受け取る年金額の少なさに直結する。
106万円の壁は、なぜこの世代に関係するのか
106万円の壁がなぜ撤廃されるのか、その背景にある就業調整の構造と第3号被保険者制度縮小の流れはこちらの記事で解説している。ここではその上で、氷河期世代にとって何を意味するのかに絞って考える。
106万円の壁があったせいで、多くの人が意図的に厚生年金加入を避けてきた。氷河期世代の非正規期間の一部も、この崖を避けた結果としての「厚生年金に入らない選択」が含まれていたはずだ。つまり氷河期世代の「空白」は、本人の怠慢や無関心ではなく、崖を避けるという合理的な行動の結果として生まれた面がある。
崖がなくなるということは、これまで「避ける」という選択肢そのものがあった状態から、避けようがない状態に変わるということだ。氷河期世代には、定年まで、あるいはその先まで、まだ15年から20年ほどの就労期間が残っている。この期間、崖を気にせず厚生年金に加入し続けられるようになることが、20代・30代の空白を完全に埋めることはできなくても、老後の受給額を実際に底上げする土台になる。
2026年10月、加入要件はどう変わるか
これまで短時間労働者が社会保険に加入するには、次の4つをすべて満たす必要があった。
| 要件 | 現行 | 2026年10月以降 |
|---|---|---|
| 労働時間 | 週20時間以上 | 変更なし |
| 賃金 | 月額8.8万円以上 | 撤廃(金額を問わない) |
| 雇用見込み | 2か月超 | 変更なし |
| 学生 | 対象外 | 変更なし |
賃金要件がなくなることで、週20時間以上働いていれば、収入額にかかわらず社会保険加入の対象になる。あわせて、加入対象となる企業規模の要件(現在は従業員51人以上)も段階的に縮小され、2035年10月には従業員10人以下の事業所を含むすべての企業が対象になる予定だ。「勤務先が小さいから対象外」という前提も、この先10年ほどで崩れていく。
実際にどれくらい変わるのか
厚生年金は「入っていた期間が長いほど、もらえる年金が増える」仕組みだ。細かい計算式は省くが、目安として次のように考えるとイメージしやすい。
パートなどの短時間労働で厚生年金に加入し、それを15年ほど続けた場合、老後の年金は月あたり1万円弱ほど上乗せされる。20年続けば、月1万2千円ほどになる。厚生年金に入らないままなら、この上乗せはゼロだ。
この程度の金額を「意外と少ない」と感じるかもしれない。だが、これは老後、生きている限りずっと続く上乗せだ。仮に65歳から85歳まで20年間受け取るとすれば、月1万円の差でも総額240万円になる。積み重ねの効果は大きい。実際の金額は給料の額や加入期間によって変わるため、正確な見込みはねんきん定期便やねんきんネットで確認できる。
一方で、恩恵が届かない氷河期世代もいる
この恩恵は、すべての氷河期世代に平等に届くわけではない。適用拡大の対象はあくまで「雇われて働く」被用者保険の枠内の話であり、非正規のまま働き続けられる見込みがない人や、自営業・無職として国民年金(第1号被保険者)に留まる人には、直接の恩恵が及ばない。
同じ氷河期世代でも、この改正のあとに残り15〜20年をどう働くかによって、老後の年金水準に差が生まれていく。それだけに、自分がどちら側にいるのかを早めに把握しておく意味は大きい。
今すぐ確認できること
手元にねんきん定期便があれば、次の2点を見てほしい。
1つ目は「これまでの年金加入期間」欄で、国民年金と厚生年金それぞれの加入月数がどうなっているか。厚生年金の加入月数が短い、あるいは長期間ゼロの期間があれば、そこが「空白」にあたる。
2つ目は現在の働き方が、週20時間以上かどうか。すでに週20時間を超えているなら、勤務先の規模次第で2026年10月以降に加入対象となる可能性がある。勤務先にも確認しておくとよい。
よくある質問
Q. すでに第1号被保険者(自営業・フリーランス)の場合はどうすればよいか
今回の適用拡大は「雇われて働く」ケースが対象のため、第1号被保険者のまま自営業を続ける場合は直接の対象にならない。この場合は、厚生年金の代わりに付加年金や国民年金基金といった上乗せ制度の活用を検討する余地がある。
まとめ
106万円の壁の撤廃は、就業調整という働き控えの構造をなくすための改正であり、氷河期世代にとっては、厚生年金の加入歴という長期的な問題に関わる改正でもある。第3号被保険者制度が縮小に向かう流れと、社会保険の適用拡大が進む流れは、根っこでつながっている。
自分がこの恩恵を受けられる側かどうかは、今の働き方と、ねんきん定期便に書かれた加入期間を照らし合わせればすぐにわかる。まずはそこから確認してみてほしい。