106万の壁は何故生まれた?第3号被保険者、昭和の年金史を社労士が解説

「106万円の壁が撤廃される」というニュースを目にした人は多いはずだ。だが、なぜこの壁がなくなろうとしているのか、その理由を制度の成り立ちから説明できる人は少ない。社労士として、旧国民年金法から解説する。

106万の壁、今どうなっているか

短時間労働者への社会保険適用は、賃金要件・企業規模要件の撤廃を通じて段階的に拡大している。これまで「年収106万円未満なら扶養内」として就業時間を調整してきた層にとって、この壁は実質的に消えつつある。撤廃の具体的な仕組みとスケジュールについては、こちらの記事で詳しく整理している。本記事では、その壁がそもそもなぜ生まれたのかという歴史をたどる。

そもそも、なぜこんな壁があったのか

106万円の壁は、単体で存在するルールではない。国民年金の「第3号被保険者」という制度の一部として組み込まれた仕組みだ。この第3号被保険者制度そのものが、今まさに縮小の途上にある。

昭和36年(1961年)——専業主婦は「任意加入」だった

国民年金法が制定された1961年、会社員や公務員に扶養される配偶者は、国民年金への加入が任意だった。収入のない配偶者に保険料を求めるのは酷だという判断からだ。

ただしこれには代償があった。任意加入しなかった配偶者は、離婚や死別のときに無年金になるリスクを抱えたまま生きることになった。

昭和61年(1986年)——強制加入への転換

この問題を解消したのが、1986年の基礎年金制度導入だ。ここで第3号被保険者という区分が新設され、扶養配偶者は保険料負担なしで強制的に基礎年金に加入することになった。

離婚後や配偶者を失ったあとも年金受給権を失わない。当時としては、専業主婦の年金権を守るための前向きな制度改革だった。

令和になって表面化した”逆転現象”

この設計は、共働きが主流になった令和では歪みとして表面化している。同じ世帯所得でも、扶養配偶者がいる世帯といない世帯とでは、保険料負担と将来の受給額に差が生じる。自営業者の配偶者(第1号被保険者)は自分で保険料を払うのに、会社員の配偶者(第3号被保険者)は負担がゼロという格差もある。

この格差の大きさは、社会保障審議会の場でも問題視されており、「第3号被保険者制度は将来的に廃止を打ち出すべき」という意見が出ている。労働組合の中央組織である連合も、この格差を制度の不合理性の根拠として、廃止を明確に提言している。

政府が公式に掲げる改正の目的は人手不足対策や就業調整の解消であり、第3号被保険者の廃止そのものを目的とは明記していない。ただし、こうした審議会や労働団体の議論を踏まえると、将来的に第3号被保険者制度そのものを縮小・廃止していく方向にあると推測する見方は根強い。

この先どうなるか

2025年の年金改正法で、第3号被保険者制度そのものの廃止は見送られた。だが1986年に「専業主婦の年金権を守るため」に作られた仕組みが、令和の働き方には合わなくなってきているのは間違いない。次回は、この改正が就職氷河期世代など、これまで厚生年金の加入歴が薄い層にどう影響するのかを整理する。

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